一期一会 「今を大切に生きる」

生まれてきたことに感謝、生きていることに感謝、一生に一度限りの今に感謝。

ミニ家族旅行: ホノルルへ (5)

Copilot 
月曜日朝一番でヌウアヌにある日本領事館へ直行と張り切って出かけたのですが・・・道に迷いました。過去に私が運転して、またはバスで行ったことがありますが、そのルートなら私はバッチりしっているのです。だけど、今回はiPhoneのマップが選んでくれた道で行くことにしました。それから友達のご主人もH1フリーウェイで行った方がいいよって教えてくれたので、そうすることにしました。今回の運転は相棒だからです。私はもっぱら信号がある普通の道がすきなのです。(フリーウェイは怖くて運転できないのが本音です)

ナビゲーターになったのは次女。私がやろうかって提案したところ、運転手の相棒も次女も声をあわせてNO!。私が助手席に座っていると、色んな声を出すので紛らわしいし、変にびっくりさせられたりするからだそうです。この写真の次女はiPhoneを片手に次は左にとか指示しているところ。でもマップにしたがって行ったのですがフリーウェイが見つかりませんでした。後でわかったのですが、見えにくかったようで通り過ぎていたのです。

というわけで、私が過去にいつも利用した道をドライブすることにしました。行きはベレタニア・ストリート、帰りはキング・ストリート。あ~、やっぱり見慣れた道のほうが落ち着きます。

午後パスポートを受け取りに行くときも同じ道をドライブしました。今度は相棒と私だけ。帰りにカメハメハ一世の銅像とイオラニ宮殿の写真を撮りたかったので、ちょこっと立ち寄ることにしました。イオラニ宮殿の真正面の駐車スペースが空いていました。ラッキー!
King Kamehameha Statue in Honolulu 
学生時代にこの辺りを観光して回った覚えがあるのだけれど、そしてこの辺りでハワイ州の身分証明書を作ってもらったような記憶が頭の片隅にうっすらと残っています。この建物は天の王様の家という意味のアリイオーラニ・ハレ(Aliʻiōlani Hale)で、ハワイ州最高裁判所として使われています。アリイオーラニはカメハメハ5世の名前のひとつです。もともとカメハメハ5世の宮殿として設計されたものですが、実際にはハワイ王国官庁の建物として使われました。アリイオラニ・ハレの建設が始まったのは1872年2月、カメハメハ5世がなくなったのは1872年12月、アリイオラニ・ハレが完成したのは1874年。カメハメハ大王像が立てられたのは1878年。キャプテン・クックのハワイ発見100周年を記念して銅像が作られたそうです。これはデイヴィッド・カラーカウア王の時代。イタリア在住のアメリカ人の彫刻家に作ってもらったものですが、オリジナルの銅像は船が遭難しなくなり、もうひとつ作ってもらったのがこの銅像です。オリジナルの銅像は、その後見つかりカメハメハ1世の誕生の地ハワイ島コハラにあります。
Kauikeaouli Gate

これはイオラニ宮殿。新しい宮殿としてアリイオーラニ・ハレを建設することが予定されたころ、イオラニ宮殿( ʻIolani Palace) は現在のものではなく、1844年に建てられた木造の一階建ての建物で、建物の面積は現在の3分の1だったそうです。カメハメハ3世がマウイ島ラハイナからオアフ島ホノルルに首都を移した1845年にマテイオ・ケクーアナーオアからこの建物を買いました。伝統的なスタイルのもので、寝室は別の建物にあったそうです。カメハメハ3世は草葺の建物で寝ていたそうです。宮殿の建物はハレ・アリイ(Hale Aliʻi)と呼ばれていました。酋長たちの家という意味です。カメハメハ5世の代にイオラニ宮殿(ʻIolani Palace)と呼ばれるようになりました。イオラニは天のイオという意味でカメハメハ4世の名前のひとつです。イオはハワイ島固有のノスリです。アレキサンダー・ルナリオ王の時代もこの宮殿が使われ、デイヴィッド・カラーカウア王の時代の初期までこの建物が使われていました。

1879年12月31日に現在のイオラニ宮殿の建設が始まり、1882年11月に完成しました。ホワイト・ハウスよりも先に電気と電話を取り入れていたそうです。カラーカウア王が亡くなったのは1891年。1893年にハワイ王国転覆されるまでこの宮殿は使われていました。カラーカウア王の死後に王位を継いだリリウオカラニ女王の時代はとても短かったのですね。

宮殿へ入る門は四方にあります。それぞれの門に名前があり、それぞれの目的で利用されていたそうです。私たちはキング・ストリートに面した正面カウイケアオウリ門から入りました。カウイケアオウリはカメハメハ3世の名前です。儀式の時に使用された門です。ゲートにはハワイ王国の紋章があります。紋章に書き込まれている言葉はカメハメハ3世の言葉です。土地(この国)の命(主権)は正義に守られ永続する。

The Royal Coat of Arms 

両親や娘たちと別行動をしていたので、ちょこっと写真を撮るだけのつもりでしたが、宮殿の周りをぐるっと一周することにしました。宮殿のツアーに関わっているスタッフたちがいたので、ツアーに参加する時間はなかったけれど、色々と質問をして色んなことを教えてもらいました。次回ホノルルに来るときの楽しみが色々とできました。
 Iolani Palace 
名残惜しみながら車を停めてたところに向かい始めると、なんと私たちの車はレッカー車に引っ張られていく寸前でした。「It's our car!」と叫びながらあわてて走って行きました。(この光景、想像してみてください。手を振りながら、そして叫びながら走っている私の姿を。我ながら笑ってしまいます。)何がどうなってこうなったのか信じられない状態でした。でもとにかく間に合ってよかった。引っ張っていかれてたらどうなったことか。メーターにはちゃんとコインも入れていたのに・・・

in the nick of time 
訳を聞いてみると、この駐車スペースは月曜日から金曜日は3時半まで利用してよいという規制があったのです。ちゃんとサインを呼んでいなかった私たち、大失敗。鎖をつけてしまっているから、まずはレッカー車の会社に電話をしろと言われ。結局その場で罰金を支払えばレッカー車から離してもらえるということになり、145ドルの支払いをしました。もし引っ張っていかれていれば、罰金はもっと高かったそうです。それにその日のうちに車を取り戻せていなかったことでしょう。現金を持っていてよかったです。不幸中の幸い。
Two Away Zone

暢気なハワイ島ヒロの田舎者が都会に来て、暢気にやっているとこういう羽目になるのですねえ。ここはダウンタウンなので、この時間帯から仕事を終えて帰宅する人たちの車で道が込むから、この駐車スペースがあるところも道の一部になるわけですね。(ヒロのダウンタウンなんて田舎なもんですから、駐車場もただだし、ビジネス街はないし、全く事情が違います。)高額な教訓でした。3時半までねぇ・・・、私たちが戻ってきたのは3時45分前なのでした。ちょこっと遅れただけなんだけどなあ。

 Clock Tower of Aliilani Hale
罰金を払って、レッカー車から離してもらって、大きなため息をついて車を運転し始めた時間は、この写真のアリイオーラニ・ハレの時計の時間。時間とお金のロスは大きかったです。でもまあ、色んな勉強になってよかったってことにします。

皆が待っているところへもう帰ろう、早く帰ろう、私たちは都会ではドライブしないほうがよさそうだねという結論。帰りはラッシュの時間帯だったようで、交通量がぐっと増えていました。ハワイ島のドライバーたちより、皆さんアグレッシブで譲り合いがないのですよねえ。

無事に泊まっているところの駐車場に到着しましたが、ふと見てみると車のワイパーのところに黄色い紙がはさんであることに気づきました。あ~~~、これは警察の交通違反チケット。駐車違反での罰金は50ドルと書いてありました。笑ってため息を吹っ飛ばすことにしました。

駐車違反でレッカー車で車が引かれていく様子って、映画とかテレビでは見たことがあるけれど、実際に見るのは初めてでした。貴重な初体験ということにします。

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2 Comments

Kumiko  

minamiさんへ、

ありがとうございます。オアフ島とハワイ島の雰囲気はぜんぜん違いますよね。

2010/06/09 (Wed) 06:40 | EDIT | REPLY |   

minami  

毎日楽しみにしています!!

3月にハワイに行った時にイオラニ宮殿に行きました。宮殿内に展示されている、リリウオカラニが幽閉されている時に作ったのキルトが印象的だったのを覚えています。
ハワイ王国の紋章もカッコ良いですよね!!お土産で紋章のワッペンを買って帰りました(^^)

ハワイ島にもツアーに参加する為に行きましたが、ホノルルとは違ってのんびりした雰囲気と大自然が本当に素晴らしかったです!!!

長くなりました---(>_<)

2010/06/09 (Wed) 00:31 | EDIT | REPLY |   

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Category: 旅行記 ホノルル 2010年